· 

賃貸住宅の原状回復義務について


保証契約書

 もうすぐ、引っ越しのハイシーズン(だいたい3月・4月頃)といわれる時期がやってきます。

 「引っ越し難民」にならないように、進学や就職、転勤などで引っ越しをしなければならない方は、早めに引っ越し業者の確保をしましょう。

 そこで引っ越しだけに熱を上げるのではなく、賃貸借契約書の確認も早めに行いましょう。

 退去の申し入れは、30日前?3か月前?。契約書により様々ですが、住宅であれば、30日前や1か月前という記載が多いと思われます。

 また、明渡し時の原状回復敷金の返還等はどうなっているかも確認が必要です。

 特に問題となるケースが多いのが、明渡し時の原状回復ではないでしょうか。


1.賃借人が負う義務

 賃貸人には、「使用・収益させる義務」、「修繕義務」、「必要経費の償還義務」、「有益費の償還義務」がありますが、賃借人には、「賃料支払義務」、「保管義務」、「通知義務」、「原状回復義務」があります。

 賃借人が負う義務を整理すると、次のとおりです。

(1)賃料支払義務・賃借物件返還義務
(2)保管義務

   ※賃借建物を賃貸人に返還するまで契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして

    定まる善良な管理者の注意をもって保存する義務をいいます。

(3)通知義務

   ※賃借建物に修繕を必要とする箇所があるとき、または、第三者が権利を主張してきた場合に遅滞

    なく賃貸人に通知する義務をいいます。

(4)原状回復義務

   ※通常の使用収益に伴って生じる自然の損耗は別として、賃借人の保管義務違背等その責任に帰す

    べきことで加えた毀損について毀損前の原状に回復する義務をいうとされていましたが、改正民

    法621条はそれを明文化しました。

◆改正民法に伴う権利義務の変更点◆

 令和2年4月1日から施行せれた改正民法(債権法)では、賃貸人と賃借人の基本的権利義務に関していくつかの改正点と新設条文があります。まず、改正民法601条では、賃借人の義務として「引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還すること」が加筆されました。改正民法621条では、賃借人の原状回復義務が新設され、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」は原状回復義務の対象とならない旨が明記され、改正民法465条の10では、事業用賃貸借契約の賃借人は、個人保証人に対し、自己の財産及び収支の状況等の情報を提供する義務が新設されました。

次に改正民法607条の2では、賃借人の権利としては賃借人の修繕権が新設されました。

他方、賃貸人の修繕義務に関する改正民法606条1項に「ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。」が加筆され、賃借人の責めに帰すべき事由による賃貸物件の棄損等に関しては賃貸人の修繕義務が免除されました。


2.原状回復の負担区分

 賃貸住宅の退去の際に、損耗等の補修や修繕の賃貸人、賃借人のどちらが負担するのかといった原状回復をめぐるトラブルが問題となっています。

(1)原状回復の基本的な考え方

  • 退去時の通常損耗等の復旧は、賃貸人が行うことが基本です。
  • 入居期間中の必要な修繕は、賃貸人が行うことが基本です。
  • 上記と異なる特約を定める場合は、賃貸人・賃借人双方の明確な合意が必要です。

 

【注意事項】特約が有効に成立するためには、以下の要件が必要です。

 ①特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること

 ②賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識してること

 ③賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること 

 

 ※②、③に関しましては、契約書に記載していたり、入居前に不動産業者から重要事項説明書で説明を

  受けていることが大半ですので、「知らなかった」は難しいと思われます。

  交渉できる場合としましては、特約がない場合に、通常損耗まで賃借人が復旧しなくてはいけな

  という特約があっても復旧費が暴利的といった場合が一般的です。

(2)一般的な負担区分の例

 次の負担区分は、一般的な例示です。損耗等の程度によっては異なる場合があります。

借主・貸主の負担区分の例

出所:大阪府住宅まちづくり部 居住企画課・建築振興課

(3)原状回復をめぐるトラブルとガイドライン

 原状回復に関する諸問題は多岐にわたりますが、特に「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、トラブルが急増し、大きな問題となっていた賃貸住宅の退去時における原状回復について、原状回復に係る契約関係、費用負担等のルールのあり方を明確にして、賃貸住宅契約の適正化を図ることを目的に作られたました。

 原状回復をめぐるトラブルはなお増加を続けている状況のなかで、原状回復をめぐるトラブルの未然防止と円滑な解決のために、契約や退去の際に賃貸人・賃借人双方があらかじめ理解しておくべき一般的なルール等を示したこのガイドラインは参考になります。

◆修繕分担表◆

修繕分担表

◆負担単位と負担割合表◆

負担単位と負担割合表

出所:国土交通省

 ガイドラインは、あくまでも「指針」であり、当事者に対し法的拘束力を及ぼすものではありません。

 しかし、ガイドラインは、裁判例等を踏まえて作成されているものであることから、実際にトラブルが生じた際には、このガイドラインの内容がきわめて有力な判断基準となります。

 また、行政や消費者相談の場でも積極的に活用されるなど、大きな影響力を有しているといえます。

 なお、全国宅地建物取引業協会連合会全日本不動産協会でも、現在は、このガイドラインに基づいた契約書を使用するように推奨されています。

◆ガイドラインの位置づけ◆

 民間賃貸住宅の賃貸借契約については、契約自由の原則により、民法借地借家法等の法令の強行法規に抵触しない限り有効であって、その内容について行政が規制することは適当ではない。

 本ガイドラインは、近時の裁判例や取引等の実務を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方等について、トラブルの未然防止の観点からあくまでも現時点において妥当と考えられる一般的な基準をガイドラインとしてとりまとめたものである。

 したがって、本ガイドラインについては、賃貸住宅標準契約書(1993(平成5)年1月29日住宅宅地審議会答申)と同様、その使用を強制するものではなく、原状回復の内容、方法等については、最終的には契約内容、物件の使用の状況等によって、個別に判断、決定されるべきものであると考えられる。

 もっとも、1998(平成10)年3月に本ガイドラインが公表され、2004(平成16)年2月に改訂版が発行された後も、現下の厳しい社会経済状況を反映する等の理由により、民間賃貸住宅の退去時における原状回復にかかるトラブルの増加が続いており、トラブル解決の指針を示したこのガイドラインへの期待はますます大きくなるものと考えられるところであり、具体的な事案ごとに応じて利用されることが期待される。


3.居住用と店舗・事務所の原状回復特約の違い

 自然損耗・摩耗についても、賃借人に原状回復を負わせる特約は、消費者契約法が適用される居住用の場合には原則無効とされ制限されますが、店舗事務所の場合にはスケルトン貸しに見られるように退去の場合はすべて撤去するとの特約は原則有効とされています。

 居住用と事業用の原状回復特約を次にまとめましたので参考にしてください。

◆負担単位と負担割合表◆

原状回復特約比較表

4.敷引特約の有効性

 敷引特約とは、建物の賃貸借契約にについて、敷金保証金等の名目で賃借人から賃貸人に差し入れられた金銭のうち、一定額を控除し、これを賃貸人が取得し、明渡し後に残額を賃借人に返還する旨の特約をいいます。

 敷引特約については、従前、消費者契約法10条に違反するか否かが争われ、下級審での判断も分かれていましたが、平成23年に最高裁判所が「敷引特約は、敷引金の額が賃料の額等に照らし高額に過ぎるなどの事情がない限り有効」とする判断を相次いで示しました(最判平成23・3・24、最判平成23・7・12)。


 原状回復費用に疑問がある場合は、まず、管理会社や大家さんに確認してみましょう。また、費用に不満がある場合は精算書の金額を詳しく教えて貰いましょう。


back-ボタン

目次に戻る